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いじめを乗り越えトップバンドへ。[Alexandros]のヴォーカル『川上洋平さん 』

ワタリドリでブレイクした [Alexandros] のヴォーカルとして活躍中の 川上洋平さん。

すらっとしたルックスが素敵ですよね。

今回は [Alexandros] の川上洋平さんをご紹介していきたいと思います。

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川上洋平さんのプロフィール

本名 川上洋平
生年月日 1982年6月22日(38歳)
出身地  神奈川県川崎市
血液型  A型
身長 181cm
最終学歴  青山学院大学卒業

家族と音楽

川上さんの家族構成は両親兄姉の5人家族です。

小学3年生から中学3年生まで、川上さんは商社勤めのお父様の転勤でシリアに住んでいました。

シリアではインターナショナルに通っていたことから中東訛りの英語が話せるといいます。

10歳年上のお兄様は日本に残り、川上さんにガンズアンドローゼズのSDを渡し、外人に舐められんじゃね~!と喝を入れたそうです。

また川上洋平さんのお姉様はミスターチルドレンのCDやダウンタウンのビデオなど日本から送ってくれていて、そのおかげで川上さんは、当時の日本での流行りがある程度分かっていたそうです。

初バンド結成の経緯

お兄様の影響からか自身も洋楽を好んで聴くようになり、オアシスを聞くようになると、小学5年生でギターを始め、6年生ではバンドを組んでいます。

そのバンド名は[Champagne](シャンペイン)
ちなみにこの名前は現在のアレキサンドロスの前身のバンド名として親しまれてきましたが、シャンペインという単語がシャンパーニュ地方の原産地名称として保護されており、シャンパーニュ地方ワイン生産同業委員会日本支局から連絡が入り、名称を変更してほしいと申し入れがあったことから現在のバンド名に。

アレキサンドロスに変わったのは2014年のことでした。
中学生になると週一で日本語の学校にも通い、そこで教えてくれていた日本からの留学生にギターやロックについて教わったそうです。

いじめられていた中学時代

そして中学3年生で日本へ帰ってきた川上さんは自分の意見をはっきり話せる男子になり、学校でバンドマンになりたいと公言したところ、みんなから無視されいじめに遭ってしまいました。

帰国子女が珍しかったことと、ハッキリ言う性格が鼻についたのか、それでも最終的に「ざけんじゃねー」といろいろやり返したとも。

そうしていじめを乗り越えた彼は高校に進学するとバンドを組みました。

初期メンバーとの出会い

神奈川県立相模原や英高等学校でギターの白井博基さんとドラムの庄村聡泰さんと
出会います。

白井さんが軽音楽部を発足させ、後輩として庄村さんが入部したのだそう。

ところが川上さんは部活にはせず、白井さんとオアシスのコピーバンドを組みました。
また白井さんは庄村さんともバンドを組み、掛け持ちをしてバンド活動をしていたそうです。

川上さんと庄村さんはお互い顔を知っていたものの当時一緒にバンドを組むことはありませんでした。

ただ川上さんは彼のことをドラムの天才と噂になっていたと言い、庄村さんはこのボーカルすげーなと当時から川上さんのことを意識していたことを後々のインタビューで明かしています。


高校3年生の時、川上さんと白井さんは高校卒業と同時に、まだ一緒にバンドを組みたいなと言って卒業し、別々の道へ進むことに。

そして川上さんは青山学院大学法学部へ進学しています。

お父様には商社マンになると言って進学した大学ですが、本当の理由としては多くのミュージシャンを輩出している学校だったから選んだのだそうです。

そして大学在学中はプロを目指し、音楽活動をしていました。

大学1年生の時、現在のメンバーである磯部寛之さんと出会い、バンド内メンバーチェンジを幾度かしつつも、後のバンドがアレキサンドロスとなっていったのでした。


しかし音楽活動に熱を入れすぎてしまったのか、大学を卒業するまでなんと6年かかってしまい、お父様は激怒してしまったそうです。

プロデビューできず就職する

残念ながら大学在学中にはプロデビューすることはできず、卒業後川上さんは広告代理店に就職しました。

決してプロになることをあきらめたのではなく、安定した生活をしつつバンドデビューを目指すことにしたのだそうです。

2007年、川上さんが代々木公園で路上ライブを行っていたところに偶然白井さんが観客として来て、お互い10年ぶりの再会を果たしました。

別のバンドを組んでいた白井さんでしたが、運命的な再会を感じた2人はまた同じバンド仲間として歩むことを決意。

その後も平日はサラリーマン、週末には路上ライブ活動などを続け、デモテープを送り続けるとやっと今の事務所に声をかけられ、デビューが決まったといいます。

サラリーマンを3年で辞めた当時、お父様は猛反対

しばらく確執が続いていたそうですが今ではすっかり応援してくれているそうで、メンバーと一緒にラジオ番組にも出演したことがあるそうです。

紆余曲折を経てプロデビューへ

こうして2010年1月20日、ファーストアルバム1stアルバム『Where’s My Potato?』をRX-RECORDSからリリースしデビュー。

2014年3月25日、EX THEATER ROPPONGIにて開催されたPremium V.I.P. Partyで、バンド名[Champagne]を改名することを発表しました。
理由はシャンパーニュ地方ワイン生産同業委員会(C.I.V.C.)日本支局からの要請を受けたことによります。
新バンド名は3月28日、初の日本武道館公演で[Alexandros]と発表。
また、これまで[Champagne]名義で販売されていた作品も全て[Alexandros]名義に変更されて再発売されています。

2015年3月にシングル曲、「ワタリドリ/Dracula La」をユニバーサルJよりリリースし、メジャーデビュー。

そして2016年に発売された6枚目のオリジナルアルバムイグジストでオリコン初登場1位を達成しました。

2018年にはバンド名の表記を[ALEXANDROS]とすべて大文字に変更しています。

多くのヒット曲を世に送り出し、今で話題人気のバンドへと成長しました。

アレキサンドロスはバンドとしての人気はもちろんファッションセンスのよさでも注目されるバンドに。

メンバーの衣装は以前は全部私服だったそうです。

おしゃれなところも若者から絶大な支持を得ているひとつなのでしょうね。

今後の活動

2021年にはドラマ『うちの娘は彼氏ができない』で川上さんは俳優に挑戦します。

また同年1月僅かには10周年の締めくくりと11周年のスタートとして、[ALEXANDROS]のベストアルバムの発売が決定しております。

目が離せない年になりそうです!

今後の川上洋平さんの活躍も益々楽しみですね。

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